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ワークショップの記録

第一期 第3回「ジョン・ケージ/プリパレーション 1 」

日時:2018年12月9日(日)

講師:井上郷子、伊藤祐二、三浦明道

第3回目は、いよいよケージのプリパレーションです。(その一回目)

ケージのプリパレーション表の見方から、材料の種類と現実的な選択、そのセッティング法、道具まで、要素は本当に多く、限られた時間の中ですべてをフォローすることはもちろん不可能ですが、長年取り組んできた井上郷子講師の実践経験から、多くを学んでいただければ幸いです。

冒頭、井上郷子講師による「季節はずれのバレンタイン」演奏で、ワークショップは始まりました。井上講師が長い経験の中で得た企業秘密ノウハウ(?)を惜しげもなく公開、使う道具の詳細から、材料の実際、その挟み込み方、注意点など多岐にわたりました。(それでもまだほんの一部にすぎませんが)又、受講生の皆さんが実際にプリパレーション、試演し、またまた予定の3時間を超える、密度の高いワークショップとなりました。(途中、作曲家伊藤による、プリパレーションが何を齎したかについての5分間熱弁もあり。)

次回、1月13日(日)は、ジョン・ケージの第2回、プリパレーションの続きと、その他の拡張された奏法をご紹介します。ゲストに工藤あかねさんをお迎えする予定です。ぜひご聴講ください。

 

 

【庄野進によるレポート】

今回のワークショップは、井上郷子によって予めプリペアされたピアノによる『季節はずれのバレンタイン』の見事な模範演奏から始まった。 

次いで、ケージのプリペアード・ピアノが1940年の『バッカスの祭り』から始まったこと、ケージがカウエルの助手をしていた際、かがりたまごをピアノの弦上において演奏したことや、パイ皿を置いて演奏したことから着想した可能性が指摘された。40年代に多くのプリペアード・ピアノ曲が作曲されている。 

この曲のプリパレーションは比較的簡単であるが、音色は多彩である。この曲を中心に、配布された資料を参照しながら、プリパレーション表の説明がなされた。この曲の表には音名、プリペアされる素材、同音3本弦のどれに取り付けるか、取り付ける位置(ダンパーからのインチ数で表示)、もう一つのプリペアされる素材、同音3本弦のどれに取り付けるか、取り付け位置、そして音名が、使用される9音毎に指示されている。他の曲の場合、音名だけでなく譜表が示されたものもある。 

使用される素材には、金属、木、紙、布、ゴム、プラスティックなどがある。ゴムとしては、消しゴムや調律用のゴムの楔などがあり、消しゴムなどは、切れ目を入れてピアノげんに挟む。材質によりミュートの質が異なるので、実際に弦に挟んで弾いてみる必要がある。他の素材についても同じであるが、自分が求める音が出るものを見つけるー「自分で自分のピアノを作る」―ことが重要なのである。布についてはフェルトが使われるが、ピノの弦間の大きさが異なるので、様々な厚さのものを用意しておく。金属の素材の一つであるコインは、ダイム(10セント硬貨)またはペニーが使いやすい。硬貨が古いか新しいかによっても音色が異なる。挟み方は3本弦の真ん中の弦を上に他を下に、縫うようにする。またボルトとネジもよく使われるが、長さや材質によって音色が異なる。高音は張力が強いので、ネジを使用して、無理のない地点までねじ込むのでボルトより良い。これらを弦に挟むには、手で触れないでマイナス・ドライバーを使って弦間を広げて行う。竹や木を使うのも良い。他の場合も同じだが、弦にものを挟む際には、必ずダンパーを上げておかねばならない。弦が動いてダンパーのフェルトを傷つけるからである。ボルトにナットをつけると重くなり音色が変わる。ボルトにワッシャーをつけると、さわりのような効果の音色となる。木の素材については、竹を楔状にしたもの、割り箸、洗濯バサミなどが用いられるが、弾いた時、跳ねて外れないように、溝を刻んでおくと良い。プラスティックは板状のものを使う。紙はコインと同じように弦間を通して縫ったり、あるいは弦の上に置いたりする。フェルトはドライバーで弦間に押し込む。響板にものを落とした時は、ピンセットで摘むか、ボール紙で低弦の左側に移して拾う。 

取り付け位置である、ダンパーからの距離には問題がある。インチで示されているので、定規を使って測るのであるが、ピアノのメーカー、型式によって弦の長さ自体が異なる。したがって、その位置を目安としながらも、求められた音色、音質を考えながら位置を探る必要がある。「自分のピアノを自分で作る」というように、ケージが求めたであろう響を自ら解釈するのである。 

なお、弦に手で触れると弦が錆びる危険性があり、それを避けるために手袋をしたり、制汗剤を使ったりする。少なくとも、事前に手をよく洗うことは重要である。 

休憩後は、数人1組で『季節はずれのバレンタイン』のプリペアと演奏の実数が行われた。配布された資料に基づき、注意点が再確認された。さらに伊藤祐二より、ケージがしたことの意味を再確認する作業が行われた。プリペアによって、音そのものが変わること、つまり複数の不安定な倍音の響きとなり、鍵盤の操作と結果がこれまでと異なることが生じるのである。近代音楽は、木管楽器に見られるように、音程を一定にするために音色の豊かさを犠牲にした。ピアノは近代的楽器そのものであり、平均律によって自由に転調できるようにしている。しかし、プリペアによってピッチが破綻し、ピアノの近代性が脱構築される。ケージ以後とはそのことを踏まえていることを忘れてはならない。 

さて、実習生にとっては、プリペアすること自体の体験が初めてなので、皆真剣に、慎重に取り組んでいたが、「自分のピアノを自分で作る」というように、求める音を探るには至っていなかった。冒頭の井上講師の実に見事な響きに対して、どうしても平板なものとなっていたのはやむを得ないのであろう。結局、プリペアして弾いて見て、求める音を探り出し、プリペアし直すといった経験が必要なのであろうか。また、演奏もタッチの違いによって出てくる音色が異なるので、その点での習熟も必要となろう。 

受講生たちは、プリペア後、それぞれの組みが終わると、『季節はずれのバレンタイン』の3曲を演奏し、その後プリパレーションを取り去り、次の組みの人が再びプリペアしていった。 

なお、配布された資料には、前回のピアノの内部に印をつけるときに使用できるものについてのまとめも添えられている。