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ワークショップの記録

第一期 第5回「もう一人の先駆者、ジョージ・クラムの場合」

日時:2019年2月3日(日)

講師:井上郷子、伊藤祐二、三浦明道

ゲスト講師:篠田昌伸

 

【講師・伊藤祐二によるFacebookでの報告】

今回は、最初に、前回までのジョン・ケージの回で触れられなかった部分を少しだけ補い、本題のジョージ・クラム作品に入ります。
ゲスト講師、篠田昌伸さんによる、まさに圧巻の演奏の後、(毎回そうなのですが)受講生の皆さんの積極的な参加によって、今回も充実したワークショップとなりました。同時に(毎回そうなのですが)多くの聴講の方にご参加いただきありがとうございました。最初はぎこちなかったワークショップですが、“音楽を大切にする”心と思想のもと、参加したすべての人々によって、このワークショップ特有の“場”が形成されてきたと感じています。
さて、いよいよ第一期ワークショップは、次回が最終回、ここまでのご報告と、受講生全員によるコンサートを実施します。

 

【庄野進によるレポート】

最初に、伊藤より、前回のプリパレーションの決定不可能性についての発言を補足する資料が配布された。ケージの意図をできる限り追求することの必要性が確認された。 

今回は、ジョージ・クラムの『マクロコスモス』が取り上げられ、そこで何度も用いられる、ミュートとハーモニクスについて、井上より説明がなされた。 

まずミュートについてであるが、弦を指で押さえて鍵盤を弾くことが示されたが、それだけでなく、黒板消し、木にウレタンを貼ったもの、文鎮を布で巻いたもの、リラックス枕などで弦を押すことで、それぞれ指による場合とは異なった音色のミュートとなることが示された。また、弦にブルータック(ポスターパテ)をつけることでもミュートすることができ、容易に取り外せるので、即興などに使い勝手が良いことが指摘された。実習生はこれらを様々に用いて、その違いを確認していた。 

ここで、三浦より、前回のプリパレーションの際、弦間を拡げるドライバーの差し込む方向が斜めだと、誤って響板を傷つけやすいことが注意され、垂直に入れ軽くひねれば良いとの指摘があった。また、また、プリペア中にベルトのバックルが筐体に当たらないようにしなければならないことも指摘された。 

次いで、ハーモニクスについて説明があった。一本の弦上に指を触れ鍵盤を弾き、それを次第に滑らせていくと倍音の出る節に当たる。弦長の1/2の第1倍音、1/3または2/3の第2倍音などが弾かれ、確認されていった。ただし、弦長は、ダンパーから駒ではなく、アグラフから駒の間なので、それに注意して測る必要がある。また、指を弦上に置きっぱなしにすると音が消えてしまうので、打鍵直後に指を離さねばならない。その後の実習では、そのことも含めて行われた。ハーモニクスの演奏を確実にするためには、当該位置の弦に印をつけておく必要がある。 

その後本日の講師である篠田昌伸より、ジョージ・クラム(1929〜)と彼のピアノ作品、そして『マクロコスモス』第2集について説明があった。最初のピアノ曲『5つの小品』(1962)にはすでに内部奏法の主なものが用いられており、19070年代の『マクロコスモス』第1〜4集ではそれが主な奏法となる。しかし、80年代には内部奏法は影をひそめ、2000年代になると、民謡と内部奏法ピアノと打楽器の組み合わせが試みられている。 

『マクロコスモス』第2集についてであるが、バルトークの『ミクロコスモス』(タイトル)とドビュッシーの前奏曲集(いずれも12曲がセット)の影響を受けている。ただし、クラム自身は精神的にはショパンや若きシューマンに近いと感じているようである。スクリャービンと比較される場合もあるとの指摘だったが、第8曲「ノストラダムスの予言」では、サティの『バラ十字会のファンファーレ』の和音や、グレゴリオ聖歌「怒りの日」が引用され、第12曲「アニュス・デイ」ではミサ通常文「グロリア」の文言が引用されるなど、主教的、神秘的な傾向が強い。また、4曲1組の各最後の曲は図形楽譜で書かれているが、ケージなどの場合と異なって、不確定性を含むものではなく、曲のイメージを視覚化したに過ぎない。配布された資料には、12曲毎に用いられる奏法が挙げられ、それぞれの奏法のクラムによる解説が付されている。この後、篠田による見事な模範演奏が行われた。 

休憩後は実習生によって、第2、5、9、10曲の部分演奏が篠田の指導により行われた。配布された楽譜には篠田のコメントがつけられていてやりやすかった。 

第2曲では、左手は無音で鍵盤を押さえソステヌート・ペダルを踏んで手を離し、右手で鍵盤を演奏する、グリッサンドしながらペダルを離す、右手でピッチカートし右手で同音を鍵盤で弾く、第2倍音のハーモニクスを弾く、指でミュートするなどが行われた。 

第5曲では、右手でトリル、左手でグラス(曲面なし、1オクターヴをカバーする長さが必要)を元に押し付けて前後に動かす、鼻声で歌う、ピッチカートしてすぐに指で響を止める、グラスの動きとピッチカートの組み合わせ、弦を掌で叩くなどの奏法が実習された。 

第9曲では、ワイヤーブラシによるグリッサンド(音域は奏者に任されている)、トレモロ、指で弦をトレモロしまたグリッサンドする、囁き声、両手で弦を交互に引っ掻くなどの奏法が実習された。 

第10曲では、第5倍音のハーモニクス、フレームを叩く、同音の速いトレモロ、弦を引っ掻く、爪で弦をトレモロするなどの奏法が実習された。 

効果を上げるには、それぞれの奏法に習熟する必要があるが、それと並んで、これらの拡張奏法と通常奏法の移行や全体の滑らかな構成を実現するための修練も必要となる。難曲である。 

最後に質疑応答が行われた。音量の記譜は守るべきかということについては、ピッチカートの音量より、通常の鍵盤の音の方が弱くという指示どおりにすべきことが説明された。また、この曲はアンプリファイド・ピアノと指示されているが、小ホールでは必要ないかという問いには、それでもアンプリファイした方が響きとして良いと思うという回答があった。