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ワークショップの記録

第三期 第4回「アラン・ショックリー氏を迎えて

日時:2020年1月12日(日)

講師:井上郷子、伊藤祐二、三浦明道

ゲスト講師:アラン・ショックリー

 

【講師・伊藤祐二によるFacebookでの報告】

”The Contemporary Piano”の著者で作曲家のアラン・ショックリーさんを講師としてアメリカからお招きしました。様々な“拡張されたピアノ奏法”を網羅的に扱うワークショップとなりました。又、本ワークショップでは、今まで扱っていなかった“bowed piano”の実習をお願いして、実施していただきました。
本ワークショップを第1期から続けて受講されている受講生さんにとっては、おおむねすでに実習した内容と重なるのでどうかなと心配していたのですが、皆さん新たに感銘を受けておられたようです。それは、今までの実習によって、“実作品の中でそれらの奏法が様々に音楽として響いている” 世界を覗いているので、今回改めてそれらの響きを単独に聴いた時、“その音が音楽的実態を伴って、可能性の萌芽として豊かに聴こえた” に違いありません。音を聴く耳と、その音楽的イメージは、そのような経験によってしか獲得できないと思います。又、第2、3期から受講されている方にとっては、新しい出会いがあったと思います。

 

 

【庄野進によるレポート】

今回は、ピアノの拡張技法に関する最も包括的な著書「The Contemporary PianoA Performer and Composer’s Guide to Techniques and Resources」の著者、アラン・ショックリー氏を講師に招いたワークショップを開催した。 

最初に井上郷子より、ショックリー氏の紹介―現在カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の作曲の准教授―、そして招聘にいたる経緯が説明された。 

この著書については、学生に教えるのに適切なものがなかったので自ら書いたとのこと。ワークショップはこの著書に沿って行われた。一般的な注意として、プリペアする時、手をきれいにし、あるいは手袋をし、必ずダンパーを上げて作業するように。その後、以下各技術につき簡単な説明と実習が行われた。 

ミュートは+記号で指示され、手やポスターパテを使用する。ソックスにBB弾を詰めたもので、多くの音を同時にミュート。 

紙を弦に置いて弾く。カード紙を使う、2台のピアノのための『bristlecone and pitch』で実習。 

アルミフォイルを置く、2台のピアノのための『No.267[affinities]』で実習。 

G・クラムによるガラスの棒を用いた『Vox Balaenae』で実習。ダンパーに当たる危険性があると注意すること。 

弦にチェーンを置く作品の場合、プラスティックのチェーンを用いると良いという指摘。いずれにせよ、弦より柔らかい素材のものを使用すべき。 

低音弦に張られた粘着テープ一弦に貼り隣接する弦に触れて、さわりのような効果を出す。 

紙を弦の間を縫うように通す。イケアナイフを使用。同様にアルミフォイルを弦の間を縫うように通す。 

ゴルフのティを弦の間に刺す。中央音域の真ん中に刺す。(ピンに近い場所は避ける。)第2,3弦に挟むと第1弦との間でピッチが異なり、うなりの効果。ウナ・コーダだと2,3弦のみの音となる。ティに指を付けると音色の変化。 

調律用のミュートは、最も安全なミュートの手段。 

ストローを挟み、同様にウナ・コルダで迷路変化。 

弦にラットルを載せる。 

消しゴム(切れ込み入り)をスライドさせると倍音の変化。 

コインを挟む(コッパー=1セントは柔らかいので安全)、ダイムも使える。大きな5線とや25セントの場合他の弦に触ってしまう。ショックリーのフルートとピアノのための『Hoc florentes arbor』で実習。 

イタリアンクリップを最低音Fに付ける。 

ネジ挟む時は真鍮のものを使用する。弦より柔らかい材質のものを使用。 

ピッチカートは、弦を弾く位置により異なる音色。また爪あるいは指で弾くことでも異なる。それにミュートを加えることもある。 

おはじきの球を弦の上で転がす。 

ピンポン球を弦の上で転がす作品としてClara Ionnottaの『Troglodyte Angels Clank By』。 

Ebowを弦の上に置く作品としてMaggi Payneの『Holding Pattern』。 

ガムテープの巻いたものを弦の上で滑らせる。Ashley Fureの「Some」。 

G・クラムの2つの技法として、指貫を弦の上で滑らせるもの(『マクロコスモス第1巻』)と、ペーパークリップをハンマーのように使用してさわりの効果を出す(『Vov Balaenae』)がある。 

マレットで弦を擦る。あるいはブレイスやフレームを擦る。 

クラムは鏨で弦を擦る作品を書いたが、そのままだと弦を傷つけるので、鏨に焼きを入れて弱くする方法を推奨したが、むしろ真鍮製のものを使うべきだろう。 

ギターのスライドを使う方法もある。 

アクションを前に引き出して行う幾つかの技法がある。ブーレーズが要求したすべての弦をミュートする作品に対応して、これによってアクションが上がらない状態に出来る。逆にダンパーペダルを踏むと通常の音が出る。また、この状態で、ハンマーに消しゴム、あるいはクレジットカードのようなプラスティックをアルミフォイルをラップして、演奏するタックピアノのような効果を得る方法がある。三浦さんから、隣のハンマーを除去することで、ハンマーが接触せずに演奏できるとの指摘があった。また、アクションを引き出したまま根元の部分を完全なグリッサンドで演奏することもできる。 

最後に弓奏ピアノ(bowed piano)について、最初に弓に塗る松脂の使用について、布で拭くことで問題なく除去できるとのことであった。弓は釣り糸―何本か束にする―を用い、ヴァイオリン用の松脂を塗る。短2度、あるいは単音を実習。Stephen Scottは弓奏ピアノ・アンサンブルを組織し、ハンドベルのように、一人が一音を担当して演奏している。減衰する音でなく、弦楽器的効果を出せる奏法である。釣り糸はヴァイオリンの弓の馬の毛より安価で、長い音を演奏可能。 

その後質疑応答が幾つかあった。 

アップライトピアノのプリペアに関する本は無いかという問いに対しては、ないが、アップライトでの方が良いものとして、テープにコインを付けて吊るす技法が紹介された。 

これらの技法によって多くの音色が得られたが、それらを使って作曲する意義とはどのようなものかという問いに対しては、ショックリー氏の場合は、それらを使うこともあれば使わないこともあリ、自分としてはそれを通して「旅」のようなことを表そうとしている。時間の感じ方を変えること、電子音は素早く変わりすぎるがピアノではもっとゆっくりと変化する。古典派では家から旅に出て家に戻るが、私の場合は家から違う場所に行きたいと思っている。 

これらの技法で、音の美しさを求めるかという問いに対しては、作品の中では限定した使用法をとっており、旅路というかストーリー的なものを重視しており、その中に美しい音響があれば良いと思う。