拡張ピアノ奏法を実施するにあたっての守るべき注意事項と、いくつかのノウハウ
伊藤祐二、井上聡子
1:プリパレイションに関して
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プリパレイションに必要な道具
1.定規。30cmと短いもの の両方があると便利。または、インチ表示の定規
=プリパレイションの位置を決めるときに使う。
2.マイナスドライバー(ねじ回し)、或いは、それに代わる木材やプラスティックでできた、へら状のもの。例えば、木製のナイフ、アイスクリームの棒、子供のままごと用のナイフなど。特に、低音弦の巻き線は、銅でできているので、銅よりも柔らかいもの = 竹、木、プラスチック製のもの等を使用するのが望ましい。
いずれにしても、使用するものの大きさは、その先端が、弦と弦との間隔より広い幅をもち、その間隔より薄い厚さであることが必要である。
=弦の間にボルトやフェルトを挟み込むために使う。特に、低音部の巻線は、銅でできているので、銅よりも柔らかい物質のもの=金属であれば真鍮、ほかには、木、プラスティックなどを使用するのが望ましい。
3.ピンセット(約20cmのものが使いやすい)
=細かいものの取扱い、弦が交叉している部分の、もぐっている弦にプリパレイションするときに使う。
4.薄手のボール紙(幅約5cm,長さは30cmくらいかそれ以下のものが使いやすい)
=響板の上にものが落ちたとき、取るために用いる。ボール紙を弦の下に滑り込ませ、紙の端を使って落ちたものを低音弦の外れまでもっていくと、たやすく取ることができる。
5.はさみ、カッタ―
=ゴム、プラスティック、布、木などを、必要な大きさに切るために使う。
6.手袋
=なるべく弦を素手で触れなくてすむように、必要に応じて使う。繊維が出てしまうのは避ける。
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プリパレイションのための材料
金属・・・ボルト、ねじ、それらと組み合わせるワッシャー、ナット、硬貨、クリップ、安全ピンなど
木・・・・さまざまな種類の木、竹、洗濯バサミなど
紙
布・・・・フェルトが便利(細かい毛が出ないし、丈夫。いくつかの厚さのものがある。)、リボンなど
ケージが“weather stripping”と記しているときにはフェルトを使うとよい。
ゴム・・・ゴム板(様々な厚さの者がある)、消しゴム、鉛筆についているゴム、練り消しゴム、調律用のゴムウェッジ、ゴムチューブなど
プラスティック・・プラスティック製の板、プラスティックのワッシャー、パン袋の止め金、チューブなど
その他
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プリパレイションをするときに気をつけること
1.ピアノの内部に触れる前には手を洗い、乾かす。
2.くずが出て、楽器の中にのこってしまうようなプリパレイションの材料を使わない。
3.プリパレイション作業を行なうときは、必ずダンパーペダルを踏んで、ダンパーを上げておく。こうすると、ダンパーのフェルトを傷めずにすむ。ダンパーペダルを踏むのとプリパレイションを施すのが同時にできないときは、ペダルにゴムの楔などを挟みこめばいい。→ 動画No.55 「ペダルを固定する方法」参照
4.力ずくで無理に弦の間に物を押し込まない。(大きすぎるものは使わない)
5.プリパレイションは、弦が響板の上にかかっている部分に施す。ハンマーとアクションの部分にはプリパレイションしない。もし、プリパレイションを響板上に落としたときは、響板を傷めないように、ボール紙を用いて取る。
6.ねじやくさび状のものなど、先がとがったものを深くはさみこみすぎない。
7.低音部の巻線上に金属のプリパレイションを施す指示があるときには、材質に気をつける。硬すぎるものは避けることが望ましい。
8.堅く、弾力性のない材料を、弦の両端近くに挟み込まない。少なくとも3cmは弦の両端から離れた場所にはさむ。
9.ボルトを挟みこむときは、マイナスドライバー(ねじ回し)或いはそれに類するものを用い、乱暴に抜き差ししない。また、弦の弾力性が乏しい最高音域は、ボルトよりもねじを使うほうがいい。
10. プリパレイションをしたとき、ダンパーが弦の上にぴったりとのらなくなったら、プリパレイションの位置と大きさを検討し直さなくてはならない。サイズが大きいか、ダンパーに近すぎるかどちらかである。
2:ピアノの内部に印をつけるとき → 動画N0.56「ピアノの内部に印を付ける方法」参照
1.ダンパーの上に印をつけるとき
粘着性の丸い小さいラベル(エーワン、コクヨ、ニチバンなどから出ているカラーラベル。「タックタイトル」などの商品名)が便利。はがしたあと、粘着剤が残らない「貼ってはがせるタイプ」もある。いずれにしても、演奏後、簡単にはがすことができるように、ダンパーにラベル全体をきつく貼り付けずに、ラベルの端っこを浮かせて貼っておくといい。
その他、Post-it を細く切って使ってもいいし、Blu-Tack(下記3.を参照)も使うことができる。ダンパーは繊細で、強く押しつけたり前後左右に動かしすぎると、フェルトの部分も含めて傷みやすいので、丁寧に扱う。ラベルをはがすときには、ダンパーの長辺方向(縦向き)にはがす。横向きにはがさないこと。
ダンパーの表面にチョークを使って印をつけてはいけない。
2.アグラフ、駒、弦の端に印をつけるとき
Post-itかそれに準ずるもの、ヤマトの「付箋メモックロールテープカッター付き」等が便利。後者はハサミがいらないので便利。Blu-Tackも使うことができる。
3.弦上に印をつけるとき
弦上の節(ふし)に印をつけるときは、粘着性の小さなものかBlu-Tackが使える。私(井上)は、Scotch社の「ドラフティングテープ(仮止め用紙テープ)」は、薄くて粘着力が強すぎず、はがしやすい。はがしたあとも粘着成分が弦に残らないので安心して使うことができる。Blu-Tack(ブル・タック)は、Bostik社(オーストラリア)の、ポスターなどを壁に貼るときに使う粘着ラバーで、ポスターなどは両面テープや画鋲が使えないときにも使える。練り消しゴムのような「とりもち」状で、好きな大きさ、長さに形作ることができ、対象にぴったりくっつくが傷めない、はがした後も傷や粘着物を残さない、という便利なものである。但し、質量があるので、弦上に貼るときは薄くしないと、弦をミュートしたような音になってしまう。日本製では、コクヨ「ひっつき虫」という同様の製品がある。
糸を節に巻きつける方法もあるが、糸をつけるとき、とるとき、両方とも時間がかかり、意外と面倒である。チョークは使ってはいけない。
いずれにしても、これらのものを巻線に使用する場合は、念のため、巻線の内部に粘着物が残っていないかどうかを、演奏後に十分に確認するのがいい。
(調律師は、調律の際に弦にチョークで印をつける人もいるし、マジックインキで印をつけている人を見たこともある。そんなことをしていいのか、と尋ねたら、後でアルコールでふき取るから大丈夫、とその人は言っていた。実際、調律師の考え、言うこと、やることは様々である。)
4.弦の端にある駒付近のフェルトの面に印をつけるとき
印をつけたいところに小さく切った紙を置く。チョーク、Blu-Tack、粘着力があるもの(Post-itも含む)は使えない。フェルトを毛羽立たせるものは避けなければならない。